カルマンギア愛好家 Karmann Ghia Freak[カルマンギア]

ボクは空冷愛好家と語っていますが、カルマン愛好家でもあります(笑)
ボクが最初に乗ったカルマンギアはもう20年近く前の21歳の頃。

18歳の免許を取ったばかりの頃、正直空冷VWが大嫌いでした。信号待ちで横に並ばれるとバタバタうるさいし、夏場はみんな窓を全開にして走ってるのを見て、暑くて古いクルマに乗る人はマゾに違いない!って思っていたくらいです。

その頃の私は、最新の国産車に興味がありました。とくに元祖ボーイズレーサーのファミリア3ドアハッチバックに乗っていた私にはホンダCR-Xが憧れ
で、いつか絶対に新車を買うぞ!って思っていました。

しかし、いつのまにか、当時「くるまにあ」という輸入車の中古車情報雑誌を読み漁っているようになり、いつも最終ページ(表紙裏)にカルマンギアの広告がありました。
しかしカルマンギアは60年代のクルマ(当時は角テールなんて幻の中の幻のクルマで写真でさえ見ることがありませんでした)で、到底自分がオーナーになるなんて考えもしませんでした。

その頃、興味があったのは、アウトビアンキA112アバルト、プジョー205GTIなどの小型ハッチバックの輸入車をオシャレに乗りこなしたいと考えていました。もちろんその頃は今と違い輸入車に関税がかかるので、高嶺の花で新車は手が出ませんでした。

そろそろファミリアを買い替えようとしていたころ、知人のクルマ屋さんには当然アバルトの中古車を探してもらっていました。
しかし、「カルマンギア」があるとの連絡が、、、、

私は実車もみたことないし、憧れのクルマだったので、もう舞い上がってしまい、すぐに見に行きました。
それが人生初めての空冷VWであり、初代カルマンギアです。



ここから一気に空冷VWにハマりました。
しかし初代は諸事情(事故で廃車)により7ヶ月でさよならしました。
現在のようにインターネットもない時代ですから、カンタンに次のカルマンが見つかるはずもありません。
初代サニー(S.43年式)でしばらくはガマンしていました。

時はバブル景気の真っ最中。カルマンギアは超高嶺の花で、普通に200万円以上、角テールのコンバチは500万円と言われる時代に突入。
私は愛読書「くるまにあ」で見つけた個人売買により2代目カルマンを手に入れたのです。



キャルマガジンが創刊され、地元でも最先端(だと自分では思ってる)のオシャレなクルマに乗っていると思い込んでいました23歳の頃。
この頃から空冷ワーゲン仲間がたくさんでき始めました。
4年間所有したものの、友達に譲りました。

その後結婚したこともあり、しばらくは国産車やアルファロメオなどに乗り、空冷界から足を洗ったかのように見られていました。
しかしインターネットの発達により「カルマニア」というカルマンギアのオーナーズクラブのサイトに出会ってしまってさぁ大変!!!
「カルマン欲しい熱」が下がりません。。行動派の私は博多までカルマンを買いに行ってしまいました。
それが3代目の59年コンバチです。



めちゃくちゃ程度がよくて、しかも憧れの角テールのコンバチ。これ以上自分にとって幸せなことはありませんでした。
しかし、その幸せはポルシェへと引き継がれてきました。
ワーゲン乗りなら一度は口ずさむ「いつかはポルシェ356に乗りたい」。
それが2年後に今のインターメカニカ356ロードスターに変わってしまいました。

憧れの356のオーナーになれましたが、やはり自分の中での「オシャレでなお且つカッコイイ」クルマは356とカルマンギアの2台しかありません。
そしていつしか目標はプライベートと仕事で乗り分ける空冷車に変わって行きました。

ちょうど足で使っていた国産車が車検でしたので、程度のいい角テールを捜していたところ、現在の愛車に出会ったわけです。


※KG1500さん撮影

現在では356とカルマンギアのある生活を楽しんでおります。




カルマンギアではないと思いますけどレア!



”GHIA 450SS CONVERTIBLE” というクルマがアメリカで販売されています。
このクルマは初めて見ましたが、カッコイイですよね!
1966年に52台だけ作られたうちの1台だそうです。



この角度から見るとコルベットの面影にも似てるような気がします。名前から察するとアメ車なんでしょうが、リアから見るとイタリアしてます!アルファロメオっぽい感じがします。



すごい好きなスタイルしてますわ!



カテゴリーはアメ車なんでしょうかね??販売店はVWカルマンギアだと言っていますが、カルマンが作った感じではないように気がします。内装も豪華だし、ミッションがATということもありますし、イタリア&アメリカって感じですよね。ただ、エンジンが何かわかりません。450incってことだと思うのですが7.6リッターってことですか!!すごいですね!



$150,000というプライスがついていたので日本円で1600万円くらいでしょうか?ひぇ〜!!!

やっぱ空冷が好っきゃねん!

スバルボクサーエンジン搭載!?[インターメカニカ]

インターメカニカ本
インターメカニカ本を読んだ方はもう知ってると思いますが、将来インターメカニカはスバルの水冷ボクサーエンジンを積むかもしれない(あくまでも憶測)
というのも、現在インターメカニカはフォルクスワーゲン製空冷フラットフォーをキャブで排ガスをクリアしてる(多分)唯一のメーカーです。現在は平成12年度規制ですが、今後平成17年度規制になると、クリアするのが難しくなってくる。(でもここまでよくクリアしてきたと思います…スゴイね)

そうなってくると次世代エンジンを開発、もしくは調達してくるしかありません。本当ならポルシェ製のエンジンならいいかもしれないが、このすばらしいクルマは安価で出来るだけたくさんの方に乗ってもらいたいというコンセプトからいうとちょっと高価なクルマになってしまう。
(ちなみに911空冷フラットシックスエンジンもオーダーできる)かといってVW社の直4エンジンではこのクルマの性格をスポイルしてしまいそう。(ウワサによるとゴルフエンジンの試作車も出来るそうです)
やはり356にはボクサーエンジンがベストだと思う。

そうなると、おのずとスバルエンジンが候補にあがってくる。安価で信頼性もバツグン。ポルシェのエンジンより扱いやすい。もし、これが現実になると、ボクスターをぶっちぎるインターメカニカの絵が思い浮かぶ(笑)
そういえば、昨年雑誌でスバルエンジンをリアに積んだカルマンギアを見た!アメリカにはスバルエンジンをリアに積むキットも販売されているらしい。

嬉しい反面、よりオリジナルに近い空冷エンジンはプレミアがつくかもしれない。空冷インターメカニカもあとせいぜい20台くらいしかリリースできないそうだ。あと数年でどうなる!!インターメカニカの進化は?

最近の若い娘は・・!!![カルマンギア]

つい先日の13日(月)の話。
カルマンの助手席に19歳の女性を乗せることになった。クルマはあまり興味ないらしいが、国産のセダン系が好きらしい。

走り出して、彼女が一言・・・
「なんでクーラーかけとん??」。。。確かに冷静に考えてみると、このクルマにはラジオやその他スイッチ類のノブなどあらゆるところのすき間からすきま風が入ってくる。この時期はやはり冷たいすきま風だ。
昭和63年生まれの彼女は平成のクルマしか乗ったことがないので、このすきま風をクーラーの冷気と思ったそうだ。。。。ハハハ

それ以降、カルマンに乗るたびに「うん!確かにこれは天然のクーラーや」と納得していまいます。。。。悲

かれこれ14年落ち・・・でも新車同然[インターメカニカ]

我が家のインターメカニカ356は1992年式なので14年落ち。(ちなみに私が独立開業したのも12年前)国産車で12年経てば、ほとんどは廃車やスクラップになってしまって、売り物にもならないんでしょうね。。。

でもこの356はいまでも、新車の輝きを失っていませんし、ヘタリやヨレも全然感じられません。このあたりはインターメカニカ社のまじめなクルマづくりから来てるんだと思います。

VWのシャーシを使わずに、オリジナル角型パイプフレームの恩恵に授かった結果、10年、20年経っても普通に乗れてしまうんだと思う。こうなってくるとウルフブルグ商会の堀井さんが『40年もつクルマを作ってもらった』とうことが現実になってくるし、30年はそのまま乗れてしまいそうな気がします。エンジンはオーバーホールしないといけないかもしれないけど。

あと30年乗ったら、68歳かぁ・・・自身が現役であることを祈るばかりです。

カルマンギア誕生ヒストリー (歴史)[カルマンギア]

カルマンギア(Karmann Ghia)…VW社では「Type14」と呼ばれ、1955年にタイプ1(ビートル)をベースに作られた2+2のスポーツクーペである。イタリアのGhia社がデザインをしてドイツのKarmann社がボディのコーチワークをした車だからこそ「Karmann Ghia」という車名になった。



のちにタイプ3をベースとしたカルマンギア(Type34)も発売されるが、一般的には上記のクルマがカルマンギアと呼ばれている。

カルマンギアの誕生は1953年に遡る。当時VW社ではType1のビートルとType2を主力車種としていたが、メーカーのフラッグシップモデルとしてのイメージリーダーカーを模索をしていました。

VW社は1948年からビートルの上級車種としてパーソナル高級車であるビートルのオープン2シーターモデル(ヘブミューラー社製)を販売していたが1949年にヘブ社の工場が火事になり、引き続きカルマン社によって1953年まで生産が引き続けれました。その高級パーソナルビートルこそが「Type14」である。



つまりカルマンギアはヘブミューラー社製高級パーソナルビートルの実質的な後継車ということになります。
しかし、ボディデザインは全くことなり、当時海外メーカーとの取引がクライスラー社しかなかったイタリアのカロッツェリア「Ghia」社に1953年にデザインをお願いしたことに始まる。カルマンギアは当時クライスラーのクーペをデザインしていた「エレガンス」というクルマがモデルとなった。



プロトタイプはグリルがなくターンシグナルもやや真ん中に寄っているが、ほぼ市販車と同じスタイルであった。



1955年8月にほぼプロトタイプと同じシルエットで登場したカルマンギアはビートルのエクスポートモデルと同じパワーユニットとシャーシを使っていた。最初は左ハンドルのクーペモデルしかなかった。ワイド&ロースタイルのカルマンギアは車重がビートルの730kg(カブリオレは800kg)に対して810kgとヘビーであった。しかし空力に優れたボディのおかげでトップスピードがビートルの110km/hに対して115km/hであった。また当時の価格はビートルの4600マルク(カブリオレ5990マルク)に対して7500マルクもした。

初期型のカルマンギアは1959年で姿を消し、大幅なマイナーチェンジにより特徴のあるフロントフェンダー形状やベントグリルやテールランプののデザインが変更され、1960年に第二期に突入するのであった。

私はこの流麗な初期型カルマンにハマった1人です。


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ご近所での偶然の出会い (カルマンギアvsキャンパー)[カルマンギア]

今日は雑誌STREET VWsの発売日なので、夕方買いに行くことにした。その前に知人の写真屋に証明写真を頼んでいたのを、取に行くときのこと…。

近所にはVWの正規ディーラーであるDUOがある。その前をカルマンで通過しようとしたとき白いタイプ2の移動販売車がDUOの敷地内に停まって何か販売しているのが目に付いた!
お!これは久々に「ナンパ」をしなければ…と思いながら、先に証明写真を取に行った。

その帰りにDUOに寄ってみた。カルマンギアで行っても営業マンさえ寄ってこない。まぁ最新VW車はあんまり興味がないのでいいけどね!
で、クルマを降りてタイプ2の方へ向かうと、車内にいる店員さんがすでにこっちを向いてニッコリしていた(ように見えた)ので、私も軽く会釈しながら向かった。



なんと!タイプ2にいる2人はどちらも美女でした。雑貨とカフェとワッフルを販売していた。挨拶もそこそこにいろいろ聞いてみたところ、どうやら神戸から女性の運転で自走でやってきたそうです。(すごい)
空冷VWで女性のオーナーも知ってますが、あまり見かけることがなかったので新鮮でした。



クルマは1966年のキャンパーなんだけど、ルーフの形がなんか違ってるので聞いてみると「フリーダムキャンパー」というモデルらしい。私もこのモデルを見るのは初めてです。女性で移動販売にキャンパーを使ってるのは本当に珍しくてオシャレに見えた!!
今日明日はたまたま姫路のDUOに来ているが、普段はメリケン波止場のほうでご商売をされているそうです。



そして、カルマンデイので先日淡路SAでイベントしたことやナイトクルーズで神戸によく行く(と言っても2回だけ)話をし、
そして、今日発売のSTREET VWsにカルマンデイや私のカルマンギアが掲載されることを伝えると、
なんと!彼女も今日発売のSTREET VWsに掲載されるという!!!
「あ!そう言えば今回は移動販売車の特集でしたよねぇ!」と私は叫んだ!!

おーー!偶然にも偶然に出会った2台が同じ雑誌に掲載されてるとは…
なんか運命を感じてしまった(もちろんこちらの一方的です)

姫路近辺の人は、11月27日(日)まで今宿のDUOにいるのでぜひ行って欲しい!
そして神戸へ遊びに行くときは、素敵なバスを見ながらおいしいコーヒーとワッフルをご馳走になってVW談議に花を咲かすのもアリだと思います。
笑顔の素敵な美女2人が出迎えてくれますよ!!!



また彼女たちのサイトもあります
<カパンナコーヒーバス>
HP→http://capanna_coffee.bus.as/
ブログ→http://blog.duogate.jp/capannacoffeebus/

もちろんSTREET VWsにも詳細が乗ってますのでぜひご覧ください!

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旧車のシートベルト[カルマンギア]

数年ぶりに警察にクルマを止められた…。クルマはカルマンギア(Karmann Ghia)。
シートベルト着用義務違反の取締りだった。地元姫路の三菱電機のある通りでそれは行われていた。
その場所は以前からよくシートベルトの取締りをしているところなので、警官を見た瞬間、「あ〜シートベルトまたやってるなぁ」と思いました。

すると、私に左へ止めろとの指示をしたので、私も指示通り左につけて止めました。そこへ別の警官がやってきました。
私は窓を開け 「これ昭和33年式やからシートベルトないねん」 とちょっと誇らしげに言いました。
警官も「あ〜、これ古いんやなぁ…とりあえず、車検証と免許証見せて」と言われその通りにした。
なにやら車検証と免許証の番号を控えているようで、それが終わると「驚かしてごめんな!」だって。
別に驚きもしてないし、逆に 「どーだ!」 という気持ちでした。



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夢のクルマ

インターメカニカに乗ってて思うことがある。耐久性があり世界一剛性のあるオープンカーボディで、少々乱暴に扱ってもタフなエンジン&ミッション。そして160km巡航でも道路に張り付く安定した足回り。そんなハードウェアを兼ね備えたカルマンギアに乗ってみたい。つまりインターメカニカ356の中身でカルマンのボディを備えたクルマが欲しい。

58年のカルマンは形こそ最高だが、足回りはヨレヨレでハンドリングもお世辞にもいいと言えないし、普通の人なら運転が怖いと思う。あの吸い付くような足回りと気持ちのいいエンジンが手に入ればすばらしいなぁ。
キューベルの次はカルマンを手がけて欲しいな!

そうそう!昔『GRカリフォルニア』という車名で発売されていたカルマンギアのレプリカがあった!オスターマンという会社が生産していた。ベースはもちろんビートルなのでレプリカといえどもレプリカではないような気もするクルマだった。
誰かこのクルマに関する情報持っていないかな?







やっぱ空冷が好っきゃんねん

インターメカニカヒストリー[インターメカニカ]

カナダに本拠地を置くインターメカニカインターナショナル社(IM社)は現在ではポルシェ356とキューベルワーゲンのレプリカを生産しています。そのことはカーマニアならだいたい知ってると思います。

しかし、もともとは60年代からは本拠地をイタリアのトリノに置き、オリジナルデザインのスポーツカーを生産していたことはあまり知られていない。

1959年に設立されたIM社はルノー、シムカ、プジョーなどのスピードキットを手がけていました。1960年にはプジョーのエンジンをチューンしたクラス最速マシンを売り出したりもしています。

そして同年には初めてのオリジナルカー『IMP』を開発しました。空冷2気筒500ccの水平対向エンジンをリアに積んだ2座の小型スポーツカー、ベースはシュタイア・プフ(フィアット500のボディとシャーシとフロントサスペンションにオリジナルのエンジンとミッションを載せたクルマ)。
ヒルクライムやレースではアバルトをも打ち負かして、優勝するなど輝かしい功績を残したクルマでした。しかし、フィアットグループのアバルトを負かしたことから、フィアット社から供給を止められ21台しか生産できなかったそうだ。

IMP


シュタイア・プフ


1961年からは名車『アポロGT』を開発。フェラーリのような美しいボディにビューイックのV8エンジンを積んだスポーツカーは100台程度生産された。

アポロGT

1965年にはTVRグリフィスで名を残したジャック・グリフィスとのプロジェクトでアポロGTのスチールボディの生産契約をした。生産開始早々ジャック・グリフィスの会社が倒産し、初期のロット33台は『グリフィス』と呼ばれる予定だったが『オメガ』の名前で販売された。その後フォードのV8を載せ『トリノ(のちにイタリアに変更)』と名づけて販売。70年までに約500台が生産された。

オメガ

イタリア

その後GMグループのオペルと契約し、オペルのコンポーネンツを使いシボレー351のエンジンを積んだ『インドーラ』(デザインはフランコ・スカリオーネ)は125台が生産された。73年のニューヨークショーに出品されたインドーラは多数のバックオーダーをかかえるほど大成功を収めたが、GMが急遽オペルもシボレーも両方のパーツの供給をストップ。理由はオペルがインドーラに変わるモデル『ビッターCD』を発売したから。

インドーラ

ビッターCD

ムスタングワゴンも製作(プロトタイプ)

そのためIM社は苦境に陥ることに…。ビッターCDはインドーラのコピーだと裁判に訴えられ現在も係争中だとか。。。
その後シボレーエンジンを使えなくなったインドーラはフォードエンジン載せアメリカに生産拠点を移す。ところが移住した1ヵ月後に計画がキャンセルに!IM社は35万ドルの損をした。

しかしIM社は75年にポルシェスピードスターのレプリカの生産治具を開発し76年から3年間で600台の356を生産。しかしパートナーがIM社の株式を50%買い取ることでIM社はこの計画から撤退。

81年からカナダのバンクーバーで356コンバーチブルDに基づくモデルロードスターを開発。85年から生産を開始現在に至る。(記事は雑誌NAVI175号より)

インターメカニカ単行本発売

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